税理士のつぶやき


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<   2005年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

関西空港でどうでしょう

2005.1.9 旅1日目

 1月8日21時すぎに地元から深夜バスで大阪へ向けて出発した。到着は翌日9日の6時すぎだ。昼間なら5時間強で大阪へは到着するが深夜バスだけは運転手が夜中に3時間程度仮眠するため、その分到着も遅くなる。バス乗車後、何故かすぐに睡魔に襲われそのまま深い眠りに陥った。夜中何回か目が覚めたが十分睡眠できた。
 バスは予定通り早朝に「阪急梅田」に到着。友人にも難なく会えた。そしてすぐに「関西空港」行きの電車に乗り込んだ。まだまだ今日のお昼に韓国にいるなんてことが信じられない。電車内でくだらない話をしているうちに久々の関西空港に到着した。
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 時間は8時頃だったろうか。記憶があいまいだ。離陸時間が10時頃だったと思う。僕らが今回お世話になる航空会社は「アシアナ航空」だ。アシアナ航空のカウンターを探して予約しておいたチケットを入手した。そして僕らは日本円で4万円ほど韓国通貨(ウォン)に換えた。その後、朝食を食べてなかったのでマクドナルドで朝マックを食べた。ここで、僕が持ってきた「地球の歩き方 韓国」と友人が持ってきたガイドブックを交互に見ながら、この2泊3日でどこで何を食べるのか、どこへ行くのかについて少し相談した。とりあえず今日は、市内をブラブラしようということになった。宿は具体的にどこにするかまだ決めてなかった。
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 そして、予定通り僕らの乗った飛行機は10時すぎに無事離陸した。機内は大韓航空と比較すると見劣りした。シートの座り心地も大韓航空よりは少し劣っていたように感じた。さぁ、向かうは仁川(インチョン)空港だ!インチョンは実は今回で2回目の訪れになる。前回、イギリスへ行った時に韓国で乗り継ぎをしたのだが、その空港がインチョンだった。とても新しい空港だったのですごくきれいな印象だった。インチョンまで関空から約2時間だ。その間に具体的に宿を決めることにした。
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by heartfield | 2005-12-31 22:23 | 韓国マイナス16度の旅

序章

2005年 1月

 韓国・・韓国といえば焼肉!キムチ!チゲ!ビビンバ!冬ソナ!・・あとはあまり思い浮かばない・・今回は海外個人旅行としては3回目だ。もう旅慣れてしまったのか、飛行機のチケットだけ予約してあとは特にこれといった準備はしていない。毎度のことながら宿の予約も一切していない。カバンだっていつもの大きなバックパックではなく、小さなリュックサックだ。その中に下着と洗面用具と折りたたみ傘とガイドブックしか入れてない。今回は大学時代の友人と韓国に美味いものでも食べに行こうという軽いノリで韓国行きが決定した。ただ、お互いの仕事の都合上、今回はたったの2泊3日しか旅が出来ない。それでも本場の焼肉とキムチとチゲだけは食べてこようと決めたのであった・・しかし、今回の旅は予想をはるかに超えた寒さが僕らを襲ったのであった・・・。
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by heartfield | 2005-12-28 20:00 | 韓国マイナス16度の旅

今年も残りわずか・・

 今年も残りわずかですね。趣味のひとつが旅行ですが、今年はほんとに色々な場所へ行きました。1月に韓国、3月に岡山、5月に岐阜の白川郷、8月に富士山、9月は広島、10月は東京、それ以外でも大阪へ行ったり。自分的には十分満足した年になったかと思います。来年はまた海外に個人で行きたいなぁとは思ってます。今書いている旅行記を書き終えればイギリス編、韓国編、富士山登頂記なんかも書いていきたいなぁと思ってます。来年もよろしくお願いいたします。
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by heartfield | 2005-12-26 20:29 | MY日記
 ここタージマハールはとても神聖な場所である。飲食は絶対禁止である。友人はそれを知らずにマスカットを持って入ろうとしたら入り口で取り上げられた。中に入ると金持ちのインド人がたくさんいた。もちろん世界各国から訪れている人が圧倒的に多かったが、僕らはまざまざとインドのカースト制度の現実をつきつけられた。敷地内ではカメラで写真を撮りまくってるインド人がいる。しかし、敷地外ではカメラどころか今を生きるのに必死なインド人ばかりだ。ものすごい貧富の差を感じた。タージマハールに近づくにつれて、その大きさに驚いた。しかもすばらしい建築様式だ。僕らはそのスケールに圧倒された。建物が全部、大理石でできていた。「す、すごいっ!」嬉しすぎて色々な角度からタージマハールをカメラに収めた。
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 気がつけば時間は正午になっていた。十分堪能したし、お腹も減ってきたので敷地の外へ出て、近くのレストランで初めて本場のチキンカレーを食べた。「おいしいっ!!」日本のそれとは少し味が違うがそれでもとても満足した。ここで手紙を書いた。家族や友人・知人はさぞ心配しているんだろうなぁ。大丈夫!僕は元気で生きています!
 夕方には「ニューデリー」行きの列車に乗らなければならない。多少時間に余裕はあったが、僕らは早めにオートリクシャーで「アーグラー駅」へと向かった。
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 早めに駅に着いたので僕らは駅の階段でボケーっと座っていた。すると若いインド人がこちらへ歩いてきた。そして話しかけてきた。
「やぁ、昨日会ったね。俺はキミらの顔を覚えているよ。」
 僕らは互いにそのインド人の顔を見るものの全く思い出せない。
「ごめん、覚えてない。」と友人が言った。
すると、インド人は「まぁ、いいや」みたいなことを言って、それをキッカケに色々と話しかけてきた。話しているうちに彼がオートリクシャーの運転手であることがわかり、しかも今日は休みだということがわかった。(暇をもてあそんでたんか。。)
 そのインド人は日本の芸能人「宍戸開」に結構似ていた。友人がインド人にこう話した。
「キミの日本人名はシシドカイだ。」そして彼がたまたま持っていたカードの裏にローマ字でシシドカイと書いた。
「明日から日本人を見つけたらこのカードを見せなさい。そしたらあなたはリッチマンになれるよ。」
 そのインド人はマジかよ!?という顔をしてすごく嬉しがっていた。その光景が結構面白かった。そんなこんなでくだらない話をしているうちに16:00PMがすぎていた。僕らは彼と別れてホームへ入った。ホームのベンチで列車を待っていたら僕らの体中にハエがたかってきた。そういえば昨日は列車の中だったからシャワーを浴びてなかった。でも僕らはハエを手で振り払おうとはしなかった。顔にハエが止まろうが手に止まろうが気にならなくなっていた。僕らはたった3日でインドに溶け込んでいた。
 16;45PM前にようやく列車がホームへ入ってきたので乗り込んだ。さぁ、アーグラーともこれでお別れだ!これから約3時間かけてインドの首都「ニューデリー」へ向かうぞ!期待と不安を抱えながら窓から見える風景を眺めていた。。
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by heartfield | 2005-12-26 19:54 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.3.6  旅10日目

 今日は、6:00AMに起床した。夜中も窓からの隙間風や蚊に刺されたりで何度も目が覚めた。とりあえずトイレに行って、また戻って横になった。約13時間も列車に乗ってるとさすがに疲れる。さらに、インドの列車も時間にとてもルーズなので平気で何時間も遅れたりする。予定ではもう「アーグラー」についていい時間なんだけど・・。
 結局、7:00AMすぎにアーグラー駅に到着した。到着するや否や僕らは鉄道予約センターへ行って、今日の16:45PM発デリー行きのチケットを予約した。それから駅構内をうろうろしてたら一人のオッチャンが僕に声を掛けてきた。
「お前の靴、汚いなぁ。俺が磨いてやろうか?」
 そのオッチャンは靴磨き屋だった。
「いいです、いいです。」
「よく見てみろよ!汚いぞ。キレイなほうがいいぞ。」
「いや、いいって!汚れはそんなに気にならないから」
「いや、よく見ろって!ほんときたないぞ!」
 オッチャンが磨かせてくれと執拗に言ってくる。オッチャンも笑いながら言ってくるからこっちも笑いながら対応する。自然に何人かのインド人が僕らの周りに集まってきて一緒に笑っている。この光景が結構面白かった。その後も言い合って、結局オッチャンが折れた。
(ごめんなぁ、オッチャン。余計な金は使いたくないからねぇ。)
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 そして僕らは、サイクルリクシャーで「アーグラー城」へ向かった。朝だったため観光客も少なく、ゆったりとアーグラー城を堪能できた。面白い造りで軽く感動した。野生のサルやリスがいて、僕はリスに手を差し伸べた。すると手のひらに乗ってきた。結構かわいかった。
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 アーグラー城を後にした僕らは、いよいよあの有名な「タージマハール」へと向かった。サイクルリクシャーの運転手に途中名前を聞かれた。
「あんたの名前は?」
「あぁ、TAKUです」
「タクール?」
「いや、TAKU」
「おぉ、タクール!何てすばらしい名前だ!」
(え!?い、いやTAKUだって・・。)
 どうやら、インドではタクールというのは神様の一人らしい。つまり神様と同じ名前だからそのオッチャン、急に僕に対する眼差しが輝きはじめた。
 もう僕はこのオッチャンに対してはタクールで通した。それからはオッチャンはタクールを連呼していた。もうええやろ!

 ようやくタージマハールへ到着した。さすがは観光地!観光客が多い多い。中に入るのにはもちろんお金がいるのだが窓口でチケットを買おうと思ったら、向こうからこう言われた。
「あなた達はムスリムですか?」
 僕らは何のことかわからなかったが「はい、ムスリムです」と答えてしまった。すると、お金を払ってないのにチケットを差し出してきた。どうやら今日はムスリムの日らしい。後からわかったことだが、ムスリムとはイスラム教徒のことらしい。タージマハール見学料がかなり高かったので無料で入れた僕らは超ラッキーだった。
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by heartfield | 2005-12-19 20:07 | バックパッカーの旅日記(1)
 急いでその場を逃れ、少年と一緒にガンジス河沿いを歩いた。途中、サイババがいるから行ってみないかと道行く人々に何人かから声をかけられた。最初はウソくさかったので「No thank you!」の繰り返しだったが、あまりにも似たようなことを言われるので今度声を掛けられたらついて行ってみようと決めた。で、それはすぐにやって来た。半信半疑で彼について行く。路地裏をぐるぐると歩かされ、ようやく到着したのか、彼は「ここだ」と狭い入り口を指さした。扉の前には何足かの靴が置いてあった。建物の中からはお経を唱えてる声が聞こえてくる。
「い、いよいよサイババか!?マジで会えるんかいな!?」
 僕らは彼について建物の中に入った・・・がっ!・・
「ぜ、全然サイババじゃねぇ!誰やねんこのオッサン!」
 お経を唱えていたのはサイババじゃなく普通のオッサンだった。しかもそのオッサン、お布施を要求してくるではないか!?知らん、知らん。何のこっちゃ!僕らはまたまた逃げるように建物から出て行った。少年とはいつ別れたのか、今となっては記憶が曖昧になってわからない。
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 それから僕らは有名な「久美子ハウス」を見て、その近くのレストランでオレンジジュースと親子丼を食べた。味はそこそこだった。そして、近くのお店でチェーンとミネラルウォーターとビスケットを買って、サイクルリクシャーで荷物を取りに「ゴータムホテル」へ戻った・・が、何と!ありえない光景がっ・・!

 なんと、昨日のオートリクシャーのオヤジが14:30PM頃なのにホテルの前で待っていたのだ!一瞬、目を疑った。昨日の約束ではオヤジには12:00PMへ当ホテルへ来てもらうように頼んでおいた。僕たちの目論見ではオヤジが12:00に来て僕らがトンズラしてることに気づいて泣き寝入りということだった。が、あれから2時間30分も経っているのにまだいたのである!
これは参った。参ったどころではない。オヤジだけじゃなくあと2人も一緒にいるではないか!?
友人は諦めたのか3人と話し合うことになった。特にあのオヤジは完全に怒っていた。友人に怒鳴り続けている。僕は横で呆然とこの光景を眺めていた。やがて20分ぐらい経過しただろうか、友人とオヤジが2人でなにやら話しながら遠くのほうへ歩いていった。僕は彼らが自分から離れて行っても目を離さなかった。と、その時、友人がポケットからお金らしきものをオヤジに差し出したのが何となく見えた。
 数分後、友人が一人でこちらへ戻ってきた。
「何とか丸くおさまったわ!」
彼の顔からは安堵の表情がこぼれた。と同時にさっきの口論で精神的に参ってしまったようだ。
僕は友人がお金で解決したのか?と問いただそうとしたが止めることにした。
 その後、ホテルのロビー横で40分くらいしゃべってサイクルリクシャーで「バラナシ駅」へ向かった。
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 そして17:00PMすぎに寝台列車に乗り込んだ。列車内は当然のことながらインド人でごった返している。自分らの席を探すだけで苦労する。何とか席を発見して21:00PMまで友人としゃべった。21:00PMすぎになるとみんな寝だした。席は向かい合わせで座る格好となっていた。僕は3段中、一番下の寝台だった。どの窓も檻のように鉄格子が入っていて何か監禁されてる雰囲気だった。しかも僕の窓は少し開いていたので蚊が入ってきて何箇所も刺された。夜は寒いわ痒いわで熟睡できなかった。結局5時間ぐらいしか寝れなかった・・・。ちなみに友人は一番上の寝台だった。
 さぁ、いよいよバラナシとはお別れだ!次は「アーグラー」だ!しかしアーグラーまでこの寝台列車で約13時間かかるみたいだ!きつすぎるっ!
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※ちなみに一番下は俺じゃないですから。
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by heartfield | 2005-12-16 20:47 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.3.5 旅9日目

 今日は6:00AMすぎに起床した。7:00AMすぎに早速にも「バラナシ」駅へ歩いて向かった。ホテルから駅まで15分くらいかかったが、小学生達がニコニコと登校しているシーンにほのぼのした。駅の窓口で拙い英語力でなんとか「アーグラー」行きのキップを購入できた。アーグラーと言えば、あの有名なタージマハールがあるところだ。インドの建物といえばこれを思い浮かべる人がほとんどだと思う。時間は17:25PM発で何と寝台列車だ!乗ったことないから今からわくわくである。
 僕らは一旦ホテルへ戻った。そして早々にもチェック・アウトした。荷物だけはとりあえずロビーで預かってもらうことにした。(荷物を持ちながらの観光はしんどいという理由で預けたが、これがのちに悲劇を生むことになる)僕らはサイクルリクシャーという日本でいう人力車に交渉してガンジス河付近まで乗せてもらった。
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 ガンジス河手前で降ろしてもらってからは街をウロウロしていた。ガンジス河へ出るまでにはごちゃごちゃした住宅街というか商店街を通っていかなければならない。その途中で一人の少年が声をかけてきた。
「どこから来たの?」
「日本だよ」
「日本のどこ?」
「大阪っていうところだよ」
すると少年はこう答えた。
「モウカリマッカ?ボチボチデンナ」
これには2人とも参った。こんな場所でまさか大阪弁をしゃべるインド人に会うとは思わなかった。それも子供だ。少年としばらく話をしているうちにガンジス河へ案内してくれるとのことで、へこへこと僕らは彼のうしろについていった。このへんは狭い路地裏がたくさんあって迷路みたいに入り組んでいる感じだ。途中僕らの前を野良牛がゆっくりと歩いていた。あまりにもゆっくりと歩いているので少年は牛のおしりを蹴っていた。この光景は面白かった。なぜならインドでは牛は神聖な生き物として扱われているからだ。だからインド人は牛肉も食べないし、ましてや牛を殺したり、粗末には扱えないのである。それなのに少年は平気で牛を蹴っていたもんだから結構面白かった。
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 ようやく路地裏を抜け出た。そこにはあの有名なガンジス河があった。たくさんの人が沐浴していた。それにしても河の幅が広いこと。水は汚そうだった。いろんなものが浮いていた。途中、シートみたいな布にくるんであったが溺死した死体が普通に寝かされていた。こ、怖っ!
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 僕らはガンジス河へ来たら絶対に「マニカルニカガート」(火葬場)を見ようと決めていた。よくインドの本とかにもガートについての体験が載っているからだ。地図を見ながらようやく発見した。キャンプファイヤーのような感じで、交互に組まれている木が燃えていた。その中で死体も一緒に焼かれていた。死体を焼く人は2人くらいいた。カメラ撮影は絶対禁止で、もし撮影したのがバレたらカメラを壊されるかフィルムを抜き取られる危険があるらしい。怖いのでじっとその光景を目に焼き付けた。焼かれてる場所の横には次の死体が布をかぶせて待っていた。火の勢いが強かったのかあまり中はよく見えなかったが、この光景を見ながら人生について少し考えてしまった。ここガンジス河で死んだら輪廻転生、つまりまた何かに生まれ変わるというのだ。そう思うと今、とても神聖な場所に来ているんだなぁ・・。
 しばらく眺めていたら管理者の一人がこちらへ歩み寄ってきた。
(うっ、何か言われそうやな。何か嫌な予感がする・・。)
 彼は僕らにここのガートについて語りだしてきた。適当に相槌をうっていたら、途中から話がそれてきた。つまりは、毎日たくさんの死体を処理しているが、そのためには木がたくさん必要なんだということらしい。でもその木は手前で用意できる程の半端な量じゃないため、みなさんからチャリティーとしてお金をいただいているとのこと。つまり、金を払えということだ。あなたの気持ちはわかるが僕らのような貧乏旅行者には払えないよ。
「すいません。今お金持ってないんです。ホテルに置いてきちゃって・・。」とウソをついた。そしてすぐにその場を逃げた。
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by heartfield | 2005-12-13 20:04 | バックパッカーの旅日記(1)