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税理士のつぶやき


by heartfield
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<   2006年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

2001.3.9 旅13日目

 今日は6:00AM頃にトイレから聞こえてくる友人の嘔吐の音で目が覚めた。何と友人は、昨夜の晩から下痢と嘔吐の連続で全く寝られなかったらしい。トイレから出てくる彼はかなりグロッキーになっていた。完璧に何かにあたったのだ。前回のネパールでの下痢とは少し様子が違う。不安がよぎった。友人はベッドに横たわって数分経つとまた起き上がってトイレに行く。今度は下痢だ。嘔吐と下痢が交互に彼を襲っている。
 とりあえず、僕は外出して、近くの「セブンイレブン」で水、オレンジジュース、ヨーグルトなどを買ってきた。友人はオレンジジュースを少し飲んだだけで、ベッドの上で苦しがっていた。脱水症状を起こしている。顔は青白く、頬もこけている。みるみる痩せていっている。僕はすぐさま日本から持ってきた英和辞書と和英辞書をバックパックから取り出して、何とか友人の症状を英語で言えるように調べた。
 友人は、とうとう限界がきたのか、「病院へ連れて行ってくれ・・」とかぼそい声でSOSを出した。
(わかっとるわいっ!待っとれよぉ!)
 早速、カウンターのおばさんに英語で友人の症状を説明して何とかタクシーをここへ呼んでくれないかと頼んだ。・・が全く聞き入れてくれなかった!私は関係ないよみたいな態度をとられた。
(くそったれぃ!もうアンタには頼まん!)
 一旦、部屋へ戻って友人をかついでメインストリートまで出た。タクシーかトゥクトゥク(インドでいうオートリクシャー)が通らないか、しばらく辺りを探した。すると運がいいことにタクシーがこっちにくるではないか!?
「Hey!」
 タクシーは僕らの前で止まった。友人を後部座席へ寝かせ、僕は助手席で「地球の歩き方」の地図を運転手に見せながら「プラ・ラーム病院へ連れて行ってください!」と言った。「プラ・ラーム病院」とは、何とこの旅の初日、タイへ向かう飛行機の中で友人の左隣に座っていた京都大学に通うタイ女学生に教えてもらった病院だった。何ともこんなところで役立つとは・・!この病院には日本人が働いているらしい。
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 タクシーの運転手も英語がほとんど通じない。ジェスチャーと地図だけで何とか一時間弱かけてプラ・ラーム病院へ到着した。玄関にはすでに何人かの看護士が待機していた。車が止まるや否や、看護士が後部扉を開けて友人を担架に乗せて病院内へ連れて行かれた。僕は運転手に代金を支払って、領収書をくださいとお願いした。しかし、運転手はニヤけている。仕方がない、サインだけでももらっておこうと思った。
「Sign please!」
・・・・。ダメだ。通じない。そ、そうか「Sign」じゃ通じないかもしれない。
「Signature please!」
・・・。ダメだ。英語が全く通じない。病院までかかった車代の領収書を取っておけば、あとで保険会社に請求できると考えていたから僕は運転手にお願いしたのだ。しかし無理だとわかった。
僕はあきらめて病院内へ入って友人がどこへ連れて行かれたのか探そうとした。するとロビーで女性が私に声をかけてきた。その人の名は「マリコ」と言った。日本人女性だった。ここで長年勤務しているそうだ。
(助かった・・。)
 マリコさんに友人の診察等の手続きの代理を頼まれた。そして、マリコさんと一緒に友人が今診てもらっている部屋へ行った。部屋の中に入るとそこには年配の男の先生と看護士とベッドの上でほとんど意識のない友人がいた・・・。
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by heartfield | 2006-01-21 20:43 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.3.8  旅12日目

 今日は4:30AMすぎにバンコクの「タイ国際空港」(ドンムァン空港)に到着した。ほとんど睡眠はできなかった。とりあえず入国手続きをして荷物を受け取って一階のロビーでへたり込んだ。時差ボケも影響しているのか、体は疲れきっているのだが脳は起きているという状態だ。早朝だけに交通機関の関係でなかなか身動きがとれない。しばらくボケーっとしていた。
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 ようやく交通機関が動きだしたところで僕らは市バスに乗ることにした。僕らはタイの安宿街でとても有名な「カオサンロード」へ行くことにしていた。空港を出てちょっと歩いた所にバス停はあるのだが、次々に来るバスはどこ行きなのか全然書いてない・・・。いや、書いてあるのかもしれないがタイ語で何が書いてあるのかさっぱりわからない。仕方なく、バス停で待っていたタイ人に聞いてみるものの英語が通じない。ここタイは、インド・ネパールに比べると英語を話せない人が多い様な気がした。何人かに聞いてみると英語を話せる人に遭遇してカオサン行きのバスを教えてくれた。
 僕らはバスに乗り込み、約1時間ちょっとでカオサンへ到着した。友人は過去にカオサンへ訪れたことがあったみたいだ。バスを降りてからは彼の案内で多少迷いながらではあったがカオサンロードへ到着した。ちょっと幅の広い道路の両側に安宿街やら食べ物屋やらコンビニやらと色々なお店がひしめきあっていた。歩いている人はと言えば日本人と西洋人がほとんどだ。インド・ネパールを体験してきて、いざここにいる日本人の群れを見るとヘドがでそうだった。3~4人のおしゃれな若者が一緒に群れをなして歩いている。僕はと言えば口ヒゲも顎ヒゲも頬ヒゲも全部うっすらだがつながっていた。(一切ヒゲを剃っていないため)心の中では僕は彼らを見下していた。
(あぁ、何と平和な場所だろう。ここじゃぁ刺激もあんまりないなぁ。。インド・ネパールが恋しい・・。)
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 僕らはとりあえず宿を決めるべく、何件かまわってようやく「プライバシーホテル」という安宿に落ち着くことにした。細い路地の奥にそのホテルはあり、オープンのカウンターでおばちゃんが一人座っていた。ツインルームでエアコン付きの部屋をとった。階段で3階まで上がり部屋に入った。毎度のことだが部屋に入ってまずすることは「洗濯ひも(ロープ)」をどこにつけるかを試みることである。ここでは一方の端をカーテンレールにくくりつけ、もう一方は壁から出ている突起物にひっかけた。二人とも腹が減っていたのでとりあえず外に出てご飯でも食べようということになった。カオサンには色々な食べ物の屋台がある。二人とも麺が食べたかったのでタイ風ラーメン(バミー・ナム)を食べた。これがまた美味しい!インド・ネパールでは決して味わうことのできない味だ。スープも全部飲み干した。ご飯を食べ終えると僕らは近くのマーケットへ行って安いシャンプーを買って宿へ戻った。そしてすぐに爆睡した。
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 18:00AMすぎに再び起床した。起きてすぐだが腹が減っていた。また二人で外へ出て近くの屋台で晩ご飯を食べることにした。僕はチャーハン(カオパット)と野菜炒め、シンハビールを注文。友人はご飯の上にイカがのっている食べ物と野菜炒め、シンハビールを注文した。味はやっぱり美味しかった!たらふく食べた。友人はまだ足りなかったのか近くのフレッシュドリンクを売っている屋台で「マンゴージュース」を2本買ってきた。飲みながら歩いて宿へ戻った。ジュースの量が多かったので僕は途中で飲みきれずに捨てた。
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 それにしてもタイはインド・ネパールに比べると快適でとても安心して暮らせそうだ。心地よいと言えば心地よいが、逆に物足りなさは感じた。特にインドでは道を歩いていると何人ものリクシャーのオヤジに声を掛けられ、バクシーシには「金をくれ」と言われ、何と言おうか、ここよりも人と人とのふれあいがあったのからか、ここ「カオサン」はふれあいを感じない。ある意味、面白くないのである。もう少し緊張感が欲しいと思った。もう少しここにはいようとは思うが、僕らはプーケットで楽園生活を楽しむのが最終目的だけに今後の予定を友人と話した。話合っているうちに二人ともまた睡魔に襲われ、そのまま爆睡タイムに突入した・・・。
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by heartfield | 2006-01-18 19:58 | バックパッカーの旅日記(1)
 う~ん、困った。現在地がわからなくなってしまった。またまた通行人に勇気を出して聞いてみた。その人のおかげで現在地も把握し、もう一度「タイ航空」デリー支店へ戻ってみた。すると、友人も交渉を終えたところだった。結局、2人で再度、「インド政府観光局」を探すことにした。さすがに2人だと発見するのも早かった。なんとかデリーのマップを入手した。
 友人の話によると、今のところ満席でキャンセル待ちの状態らしい。結果は16:30PMにわかるみたいだ。仕方がないので、それまでの間に街を探索してみた。すると、「マクドナルド」があるではないか!?興味津津で中へ入ってみることにした。メニューを見ると、さすがはインド!ヒンズー教の国だけあって、牛肉は一切使用していない。メニューにあったのはマトン(羊肉)、チキン、それとベジタリアン用のバーガーだった。僕らは珍しいマトンのハンバーガー「マハラジャ・マック」を注文した。味は特別くせもなく、美味しかった。僕らはしばらく店内にいることにした。店内は金持ちのインド人がほとんどだ。金持ちじゃないとハンバーガーなんて食べられないのだろう。カースト制度とは恐ろしいなぁ。。
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 それから僕らはマクドナルドを後にし、街をぶらぶらして時間を潰した。そして、ようやく16;30PMになった。すぐさま「タイ航空」デリー支店へ直行した。
(頼む!誰かキャンセルしててくれぇ!)
 中へ入って早速カウンターにいるおじさんに聞いてみた。すると、何とチケットが取れたのである!あ、ありえない!日本のどこの旅行会社に聞いてもFIXチケットの変更は絶対無理と言うだろう。どのガイドブックにも絶対無理と書いてあるだろう。それがなんとできちゃったのである!これは超ラッキーなことだ!離陸は本日3月7日深夜00:10分だ(正確には8日)。ただ、今回の変更にあたっての変更料が少し高かった。ドルで支払わされた。カウンターのおじさんも妙ににやけていた。ほんとは最初から空席があったのではないかと少し疑ってしまった。僕らは今回の旅の準備で日本で数万円を1ドル札に両替していた。だからドルで支払うことができたのである。
 僕らは早速にも、オートリクシャーに乗ってデリー市内の旧建物を見学した。大急ぎで、ムガル帝国時代に建てられた「ラール・キラー」という城や「ジャマー・マスジッド」というモスクを見た。建物内は人がうじゃうじゃいる。その人ゴミの中で両手両足のないおじさんが自分を見世物にしていた。ただ寝転がっているだけだ。哀れだと思うならお金を恵んでくださいという意味だ。こんな弱者をほっとくインド政府に怒りを感じた。
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 時間は19:00PMをまわっていた。夕食はレストランで「タンドリーチキン」を食べた。とても美味しかった。そして宿へ戻り、宿のスタッフ達と記念撮影してオートリクシャーで「空港バス乗り場」へ向かった。搭乗手続き等の関係で21:00PMすぎには空港に到着しなければならない。しかし、バスの次の発車時間が22:00PMだった。これにはさすがに参った。
「しょうがない!少し高いがタクシーで行こう!」
「ちょ、ちょっと待った!それだとインドルピーが足らんわ!」
 財布の中のインドルピーはほとんど底をついていた。両替すればいいだけの話だが、どうやら近くには両替所もなさそうである。う~ん、困った!2人して焦る焦る。バス乗り場であれこれ考えていたら、たまたまオートリクシャーのオヤジが声をかけてきた。こちらの事情を話すとオヤジは「5ドルで行ってやる」と言い出した。5ドルといえばめちゃめちゃ高額だ。でも仕方がない。そのオヤジに5ドル支払って乗せてもらうことにした。
(頼むでオヤジ~!21時に間に合わせてくれよ~!!)
 オンボロバイクなもんだからエンジンがビービーうるさい。それでもオヤジは可能な限りスピードを出して飛ばす。夜風が頬をたたきつける。対向車のライトがやけにまぶしい。オヤジは無言だ。僕らも無言で各自腕時計とにらめっこだ。
 ようやく40分かかって空港に到着した。なんとか21時には間に合った。オートリクシャーで空港へ入る人なんてあまりいないような気がした。空港の近辺を見てもほとんど車だからだ。オヤジに礼を言ってオヤジは去っていた。僕らは搭乗手続きをしてから空港内をブラついたりお土産を買ったりした。結局、00:10AMすぎに無事離陸した。機内でビールを飲んだり、機内食のインド料理を食べた。これでもうインドとおさらばだと思うと少し寂しかった・・・。
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by heartfield | 2006-01-11 20:44 | バックパッカーの旅日記(1)
 僕らは約3時間かけて「ニューデリー」駅に到着した。時間は20時を過ぎている。完全に日は落ちている。それにしてもここニューデリーはインドの首都だけあってとてもにぎやかだ。人も多い多い。デリーはどうやら「ニューデリー」と「オールドデリー」から成るようだ。僕らは早速にも今日の宿を決めるべく、安宿が多い「オールドデリー」の方向へ歩いて行った。
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 オールドデリーもごちゃごちゃしてて安宿もそこそこあった。その中から適当に選んで交渉したら難なく泊まれた。とりあえず荷物を部屋において近くの食堂で初の「ターリー」(マトン)というインドの庶民食を食べた。味は美味くはなかった。しばらく列車移動が続いたので僕らはすぐに宿へ戻ってシャワーを浴びて爆睡した。


2001.3.7 旅11日目

 今日は9:00AMすぎに起床した。外出の用意をしていたらドアをノックする音が聞こえた。何かと思い、ドアを開いたら「部屋を替わってくれ」とオーナーが言ってきた。そういえば昨日チェック・インする時にオーナーに言われたのを思い出した。仕方なく、部屋を移動した。
 屋上へ昇る階段を発見したので僕らは屋上へ上がってみることにした。屋上から見えるオールドデリーの景色はバラナシのように少しごちゃごちゃしていた。写真を何枚か撮ってから外出した。
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 まず僕らは郵便局へ行った。昨日アーグラーで書いた手紙を郵送するためだ。続いて僕らは「コンノート・プレイス」へ向かった。この場所はニューデリーのヘソにあたる場所である。大きなロータリーのようになっており、さまざまな店舗がひしめき合っている。ここ、コンノート・プレイスで僕らは「タイ航空」会社を探した。なぜならバラナシでのオヤジともめた件が効いたのか友人が早くインドを脱出したいと考えていたからだ。僕らの所有するインド発バンコク行きチケットは約1週間後であった。格安航空券(FIX)だけに日付も時間も絶対に変更はきかない。それを承知で友人はタイ航空に直接交渉すると言うのだ。どのガイドブックにも絶対に無理と書いてある。果たして変更できるのだろうか。
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 「地球の歩き方」を見ながらタイ航空会社を探すもののなかなか見つからない。仕方なく、人に聞きまくった。その甲斐あってかやっと見つけることができた。友人は早速にも「今日中にバンコクへ帰らなければならない!」とウソをついた。普通にインドに飽きたから出国したいと言っても通用しないと目論んだのだろう。あの手この手で一刻も早くバンコクへ向かわなければならないということをアピールしている。その間、僕は友人に「インド政府観光局」へ行ってデリーのマップを貰ってきてくれと頼まれたため、一人街へ出てインド政府観光局を探すはめになった。
 ガイドブックを見ながら、インド政府観光局を探すものの、実際と地図が違うのか全然わからない。僕は方向音痴なほうではないが今回ばかりはお手上げだ。仕方がない。人に聞くしかない。ガイドブックを片手に道行く人々に勇気を振り絞って尋ねてみた。するとみんな親切に教えてくれた。で、教えられた場所に行ってみるものの、そこにはインド政府観光局の文字すらない・・。そのうち、ここがどこなのかもあやふやになってきた・・
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by heartfield | 2006-01-02 21:20 | バックパッカーの旅日記(1)

2006年!

あけましておめでとうございます!       今年もよろしくお願い致します!
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by heartfield | 2006-01-01 10:35 | MY日記