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税理士のつぶやき


by heartfield
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2001.2.28 旅4日目

 今日は6:30AMすぎに起床した。7:00AMすぎに外出し、街角でチャイを作ってるおじさんを発見した。おじさんの周りにはすでに何人かが各々チャイを片手に談笑していた。相変わらず朝は寒かったので、おじさんにチャイを作ってもらった。冷えた体に心暖まるチャイは最高に美味しかった。すごく甘いので疲れた体に回復をもたらせてくれた。それはまるでDBの聖水みたいな感じだった。
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 次に向かったのはちょっと洋風チックな喫茶店だった。朝食を食べるためだ。中に入るとさすがに西洋人が何人かいた。僕らはツナサンドと再びチャイを頼んだ。そこで、友人といつインドへ旅立つかについて30分くらい話し合った。結局、しあさっての3月3日に決行ということになった。
 喫茶店を出て、友人はズボンを買ったり、両替をしたりした。僕は近くのマーケットで、お茶とお土産用の紅茶パックを2個買った。そして、再び「モモ」を食べに例のお店へ行った。お店を出て街中を歩いていたら、さっきからおばあさんがうろうろしているのに目が止まった。向こうもこちらに気づいたのか歩み寄ってきた。
「あんたら、これとお金と交換してくれないかね。」
「え??」
 おばあさんが差し出したモノとは日本の100円硬貨だった。たぶん、どこかでたまたま拾ったのだろう。このおばあさん、身なりからしてかなりお金に困っている様子だった。しかし、僕らはおばあさんの申し出を断った。なぜならネパールにおいて日本の100円硬貨なんて何の価値もないからだ。100円玉を両替所へ持っていったところでネパールルピーに交換なんてしてくれるわけがない。あくまで札しか通用しないのである。
「ごめん、おばあさん。僕らお金持ってないんだ。」
 おばあさんは、少しうなだれたが、僕らは心を鬼にした。おばあさんだけじゃない。ネパールはほんとによく声をかけてくる。ほとんど商売がらみで声をかけてくる。あとは、バクシーシと言われる「物乞い」が声をかけてくる。もう僕らはうんざりしていた。だから、おばあさんには悪いがきっぱりと断った。
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 僕らはその場から逃げるようにして歩き出した。今度はパン売りの少年が声をかけてきた。頭にパンの入った大きなカゴを乗せて僕らに「パン美味しいよ。買わない?」と言ってきた。僕らは、ちょうど色々と考え事をしていたので1個だけ買った。値段は少年の言い値の25ルピーだった。
 そして、フィルム現像を昨日頼んでいたので取りに行ったら「一時間後にもう一回来てくれ」とうことなので、仕方なく街をブラブラして暇を潰した。一時間後に再び行ってみると更に一時間後になると言ったので、明日に再び行くことにした。
 そして、パン屋に寄りクリーム入りドーナツを1つ8ルピーで買った。ショーウィンドーにはいろんなパンが陳列されていた。どれもこれも安い・・これでやっとパンの相場がわかった。さっきの少年から買ったパンの値段・・25ルピー・・高すぎる。ぼったくられた。初めてやられた。

 2人とも気分悪いままホテルへ戻った。一時間昼寝をして、近くでも現像を頼んでいたので取りに行った。よくできていた。そして再びホテルへ戻ると、友人が風邪でダウンしていた。僕らは夕方まで身体を休めた。
 夕方になり、2人で外出し、初日に行った「トリベニ」へ行った。ダルバードを頼んだが今回はさすがに匂いにやられたのか食欲がなくなっていた。無理やり胃に押し込んだ形になった。
 ふと、うしろのテーブルを見ると日本人男子学生が2人いた。2人とも一人でネパールへやってきたらしい。どうやら街で意気投合してここへやってきたみたいだった。一人は東京から、もう一人は大阪からやって来たみたいだった。話してるうちに仲良くなり、四人で近くの飲み屋へ行き、ビールを6本空けて楽しく色々と語った。
 腕時計に目をやると、22:00PMだった。4人で外へ出た。一人の学生(関西超有名私大出身)が近くを歩いていたネパール人を捕まえて目の前にある寺院らしき建物を指さして「ワッツ、ワッツ?」と言い出した。僕はその片言な英語力でここまで一人でやってきたことに驚いた。
 その後、その学生とはすぐに別れた。もう一人の東京出身の学生は僕らのホテルまでついてきた。部屋でいろいろと話し、ホットメールのメアドを交換して彼はホテルを出て行った。
 僕らは酔いが廻っていたため、ベッドに横たわるとすぐに爆睡した。
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# by heartfield | 2005-07-16 22:54 | バックパッカーの旅日記(1)

エンジェル・フォール

ベネズエラのギアナ高地という所に世界一の落差(979M)を誇る、「エンジェル・フォール」と言われる滝がある。この滝には滝壺が存在しない。なぜなら高すぎて水が下に落ちるまでに霧になってしまうからだ。死ぬまでに一度は訪れたい場所である。

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# by heartfield | 2005-07-14 21:21
2001.2.27 旅3日目
 
 今日は6:00AMに起床した。朝は夜と同じで寒かった。部屋でボーっとしてから、8:00AMにホテルを出て市内を探索した。まず、僕らが向かったのは「中央郵便局」(GPO)だった。家族や友人にエアメールを送るためだ。窓口で切手を買って何通か送った。その後、タメル地区の写真を何枚か撮っていたら、カメラの表示に「E」マークが出ていた。僕らは電池が無くなったんだと思い、カメラ屋に向かった。カメラ屋で替えの電池があるのかどうか尋ねてみた。しかし、残念なことにその店には置いてなかった。せっかくカメラを持って来たのにこれ以上撮れないと思うと途方にくれてしまった。一種の絶望感を味わった。
 しかし、店主は電池のせいじゃないと言い出した。店主が言うには、「巻き戻しボタン」を誤って押したのではないかと。友人がカメラを触ってる時に「E」マークが出たので友人に聞いてみたら、自分が間違って押したかもしれないと言い出した。(おい、おい巻き戻しボタンなんてシャーペンで押さなければならないくらい小さなボタンだぞ。どうやって押したんだ!?)僕は少し不機嫌になったが、無事にカメラが元に戻ったので不機嫌が一気にふっとんだ。

 僕らはタメル地区をぶらぶらと歩いて朝食を食べるために、「サンデーサン」という喫茶店みたいな所に入った。そこで、小麦粉と玉子をミックスしたような食べ物を食べた。味は旨くも無く、不味くもなくといったところか。
 その後、僕はせっかくネパールに来たのだからネパールの有名な音楽CDを自分用のお土産に買いたくなった。街を歩いていると小さなCD屋を発見した。それにしても小さいお店だ。畳で言うと3畳くらいか。とにかく狭い。狭い店舗にCDやらカセットテープが陳列されていた。人のよさそうな髭をはやした店主に僕は聞いてみた。
「ネパールで有名なCDが欲しいのですが。」
「なるほど。これとかこれが有名ですよ。」
 店主はCDや、カセットをいくつか用意してくれた。僕は試聴してみたかったが、英語で何て言ったらいいのかわからなかったのと、単に試聴できなさそうな感じだったのでジャケットだけで判断して1つに絞った。
「このCDを買いたいです。まけてもらえないですか?」
「いくらまで?」
「いくらでもいいので。」
 ここから僕と店主のやり取りが始まった。結局、CD一枚500ルピーのところを400ルピーにまけてもらった。意外にこの駆け引きが楽しい。少し癖になりそうだ。

 その後、Tシャツを買って、「ダルバール広場」へ行った。ダルバールとは、ネパール語で「宮廷」を意味する。「シヴァ寺院」、「カスタマンダプ寺院」など寺院が多い広場だった。僕らは写真を撮りまくった。
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 続いて、ネパール最古の仏教寺院と言われる「スワヤンブナート」まで約30分かけて歩いて行った。長くて急な階段を登った所にそれはあった。目の前にはブッダの目が描かれたストゥーパ(仏塔)が建っていた。ブッダの目は、僕らの心を見透かしているかのような凄みを感じた。また、ここからの見晴らしは絶景だった。カトマンズが一望できたのと、ヒマラヤ山脈がうっすらと見えたのである。とてもキレイだった。そして、帰りは違う道を通ってタメルへ戻った。
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 ホテルへ戻る途中、昨日出会った日本人女性の旦那さん(ネパール人)に出くわした。少し話して別れた。ホテルに着いてから、シャワー(冷水)を浴びて、洗濯をして昼寝をした。
 朝起きてから夜まで全くの自由だった。腹が減るから食べる、見たいところがあるから見る、寝たいから寝る。時間なんてほとんど気にしなかった。これが真の自由なのかと思った。

 30分くらい昼寝をして、友人と再び外出して市内をぶらぶらと歩いた。昨日行った「モモ」専門店でモモを食べて、「ギリンチェ」という食堂で「ミックス・タントゥック」(とん汁に太麺を入れたような食べ物)をファンタオレンジとともに食べた。これも不味くもなく、旨くもなくといったところか。
 そしてバックパックの防水カバーを買ってホテルへ戻った。ホテルのロビーには、昨日出会った客引き(アーリーと言う名前だった)に再び会った。調子はどう?みたいな話を少しして握手して別れ、部屋へ戻った。そして友人とビールで乾杯して寝床に入った。やはり夜になると寒い・・明日はどうしようか、全くの未定だ。まぁ行き当たりばったりの旅もいいものである。
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# by heartfield | 2005-07-14 21:04 | バックパッカーの旅日記(1)
 モモ専門店でネパール人達とモモを食べていたら、となりの若いネパール人が僕に英語で話しかけてきた。どこから来たのかとかカトマンズはどうだとか色々と聞いてきた。たどたどしい英語でなんとかコミュニケーションしてたら仲良くなってしまい、そのネパール人が経営している旅行会社に一緒に行ってみることになった。数ある廃墟同然のようなこじんまりとした建物の2階へと案内された。そこへ行くとなんと日本人女性がいた。親切にもチャイ(甘いミルクティーみたいな飲み物)をご馳走してくれた。僕らはそれを飲みながらネパールについての色々な情報を聞くことができた。ネパール人からその会社の名刺をもらった。ここに長居するのもどうかと思い、僕らは彼らにお礼を言って別れた。

 その後、僕らはセーターを買ったりズボンを買ったりした。とくにズボンに関してはすぐに購入したわけではなく、いろんな店をまわって勇気をふりしぼって値切ってみた。ネパールはぼったくりが常識だからこちらも負けじと強気にでたのである。試着もできるみたいだったので試着してみようと思ったけど試着室がない・・もともと店舗自体がものすごく狭かったので、2人の店員の前で僕はズボンを仕方なく脱いで新しいズボンをはいてみようとしたら、ネパール人がびっくりしだした。笑いながら驚いていたようだ。僕は「No Problem!This is Japanese Style.」と言った。店員達は笑いながらOKしてくれた。少し恥ずかしかったが着替える場所がないからしょうがない。

 店を出て、次はマスクを買いにいった。なぜなら道路が舗装されていないためである。狭い道を頻繁に車やバイクなどが行き来するため、ものすごい量の土ぼこりが宙を舞うのである。こんな所に長くいたら肺をやられてしまうと思ったのである。その後、2人ともマスクをしながら街中を歩き、そろそろ夕方になってきたので夕食をどこかで食べようということになった。僕らはネパールについたら絶対に「ダルバート」を食べようと決めていた。
 ダルバートとはご飯、野菜のカレー、豆のスープ、漬物がセットになったネパール人の日常食である。「地球の歩き方」に載っていた「トリベニ」というお店が安くて有名だということでトリベニを探す事にした。案外すぐにトリベニは発見できた。外見はなんとも廃れた人気のなさそうな店構えだった。店内に入ると数人のネパール人がいた。彼らはダルバートを素手ですくって口に運んでいた。
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(なるほど。素手か。ネパールもインドと同じでスプーンを使わないんやな。)
 僕らはテーブルに座り、ダルバートを頼んだ。数分でそれはやってきた。見た目はお腹がすいていたのかちょっと美味しそうだった。外国人用にちゃんとスプーンもついていた。素手で食べようと覚悟していたがスプーンがあったのでスプーンで食べてみた。
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「おぉ、まぁまぁ美味しい。これならネパールでもやっていけるなぁ」

 ご飯やおかずをバクバク食べていたら店員の人がおかずを足してきた。ご飯もいるのか?と聞いてきたのでお願いした。どうやらおかわり自由らしい。遠慮せずお腹いっぱいになるまで食べた。食べ終わってレジへ行くと予想していた金額より高い請求額だった。このお店は一食20ルピー(日本円で約30円)で食べれるはずだったが・・僕らは不思議に思い、レジの店員に聞いてみた。すると・・

「two have」

 こう言ったのである。僕らは一瞬意味がわからなかったが、すぐに理解できた。つまりおかずはおかわり自由だったがご飯はおかわりすると追加料金をとられるのである。しかたなく追加分込みで支払った。それから店を出て、小さなマーケットでミネラル・ウォーターと洗濯粉を買って宿に戻った。宿は玄関を入ると正面にカウンターがあり、その手前脇に小さなロビーがあった。ルームキーをもらって部屋へ入った。ネパールは日中は暑いが夜は寒かった。あったかいお風呂にでも入りたい気分だったが安宿のため、シャワーしかない。しかもお湯がでない・・確かお湯はでると聞いていたが時間帯が悪いのか冷たい水しかでない・・
 僕らは仕方なくシャワーも浴びず、日本から持ってきた長袖トレーナーを着て布団にくるまって寝た。
 
 それにしてもこのネパールという国、僕の想像をはるかに超えていた。タイで軽いカルチャーショックを受けたけど、ネパールはその比ではない。すべてが驚きの連続だった。ネパールの次はインドに向かうのだが、いつネパールを出国するのかは全然決めていない。僕らはネパールという国に大いに興味を持ったので、しばらく滞在することにした。明日からが楽しみだ。
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# by heartfield | 2005-07-10 17:49 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.02.26 旅2日目

 今日は6:00AMに起床した。疲れていたせいかすごく眠かったが今日は早速にも10:40AM発でネパールへ向かわなければならないので、眠い目をこじ開けてすぐに身支度をして6:30AMに宿を出た。ファランポーン駅で朝食を食べた。いろんな食べ物があって結構迷ったが結局、ライスの上にチキンがのってる食べ物を頼んだ。味はそれなりに美味しかった。そして2バーツ支払ってトイレに行ってタイ空港(ドンムァン空港)行きの汽車に乗った。汽車から見える風景は相変わらずのんびりとしている。数人の子供が無邪気に遊んでいたのが印象的だった。

 8:00AMすぎにドンムァン空港に到着。早めにチェック・インし、免税店を見たりして時間を潰した。10:15AMくらいにバスで飛行機へ向かい、10:45AMに離陸した。いよいよネパールだ!到着地はネパールの首都「カトマンズ」だ。機内食は予想通り「タイ料理」だった。カトマンズまでの所要時間はもう忘れてしまったがそんなにかからなかったように思う。カトマンズ近くに飛行機が近づくとかの有名な「ヒマラヤ山脈」が見えた。雲海の上に山々が連なっているのが肉眼ではっきりと見えた。世界一高い「エベレスト」も見れた。その絶景には軽い感動を覚えた。さすがに乗客の数名は興奮ぎみだったのか立ち上がり各々の窓からシャッターを押しまくっていた。僕もつられて何枚かその風景をカメラにおさめた。

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 滑走路が見え、無事に到着した。意外に小さな空港だった。建物の中に入るとビザ所有者とビザを持ってない人とで並ぶ場所が違っていた。すでに両方とも行列ができていた。僕らは当然のことながらビザを持ってなかったのでビザ所有者ではない列に並んだ。つまりこの列はネパール入国のためのビザを買わなければならない列だった。しぶしぶ30ドルも支払って入国が許された。空港内で忘れずに両替をした。建物も小さいからすぐ外へ出れた。と、外を見た瞬間、すごい人の数がこちらに声をかけてきた!なにやら英語で僕ら2人に怒鳴るようなわめくような何を言っているのかわからなかったがすごい威圧を感じた。「こ、こわっ!」僕らはネパール人のかけ声に耳を傾けずに即座に無視して歩き出した。それに合わせて何十人ものネパール人が一緒について歩いてくる。(な、何!?何でついてくるん?)僕は怖かった。しかし彼らが何故僕らにしつこくついてくるのかようやくわかった。
 
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 彼らは客引きをしていたのである。「安いホテル紹介するよ!」みたいな感じである。僕らは事前に飛行機内でネパールやインド系はぼったくる人が多いので気をつけろというのを学習してたので「NO THANK YOU!」を連発した。その甲斐あってか、一人を除いて他の客引きは所定の位置へ戻りだした。その彼は友人にしつこく食い下がった。僕らは空港から少し離れたバス停まで歩いていったが彼もついてきて、結局一緒にバスに乗った。バスは装飾も派手でクラクションを鳴らしまくる。それはまるで日本の暴走族のような音色である。それにしても鳴らしすぎだ。このバスだけではない。他の車両はほとんどクラクションを鳴らしている。
 
 バスから見える風景も戦後のような荒れた風景だった。僕らはこのバスで市内の「タメル」地区を目指した。同乗したネパール人もいろいろと親切にもネパールについてガイドしている。
それなりに相槌をうちながら窓から見える風景を僕は楽しんだ。まさにハーレムだと思った。それだけひどい土地が続いていた。ようやく彼の指示でこのバスがタメル地区に着いたことを知らされる。3人で下車し、彼の案内で安いホテルを探してくれることになった。なぜ彼がそこまで親切にも僕らをホテル案内するのかと言うと、彼らは客とホテルの仲介者であり、各ホテルと提携を結んでるからである。だから客を一人でも多く自分が提携しているホテルに紹介するのである。ネパール人も生きていくのに必死だ。

 ようやく彼の案内で一泊一人2ドルの安宿に落ち着いた。そこで彼とは別れた。僕らは早速にもタメル地区をブラブラと探索した。途中、「モモ」という、バッファローの肉を使った小さな肉まん?みたいな食べ物を販売しているお店を発見した。僕らは10個10ルピー(1ルピー≒1.5円)でその「モモ」とやらを食べた。歯でそれを噛んだ瞬間、中から肉汁がこぼれだした。結構美味しい。初めてネパールの食べ物を食べたがそれなりに美味しかったので安心した。
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# by heartfield | 2005-07-07 22:17 | バックパッカーの旅日記(1)
 友達の隣の席に座っていたタイの女学生と友人の3人で到着ロビーの方へ向かった。空港内はタイ独特の匂いが充満していた。どういう匂いかは説明しにくいが、くすんだ匂いとでもいおうかとにかく独特だった。到着ロビーに着くと、タイ女学生の母親が迎えに来ていた。僕らはその場で彼女達と別れてこれからどうしようか、今日の宿はどこにしようかと空港内で少し考えた。

 2人が考えた結果、とりあえず今日は「ファランポーン」という駅へ行ってみようということになった。僕らは空港内でタイの通貨(バーツ)への両替をした。駅は空港からつながっていたがとりあえず一旦外へ出なければならなかった。自動ドアが開いた瞬間、熱気が一気に身体を包んだ。「あ、暑っ!!なんやこの暑さは!?」僕らはタイが暑いのは十分予想していたがそれでも日本はまだ寒かったので薄手の長袖を着ていた。早速、僕らはT-シャツに着替えた。それでも暑い暑い。

 道路を挟んで向かいに駅があった。歩道橋を渡り駅で「ファランポーン」行きの切符を買った。電車が来るのを待っていたら2人組の日本人女性を発見した。若い学生さんらしい。4人で電車に乗ってお互いこれからどういう旅をするのか色々と話した。駅から見える風景は戦後を体験したことはないが戦後のようなどことなくなつかしい風景だった。話に夢中になっていたせいか、気がつけば電車は「ファランポーン」駅に着いていた。ここがこの路線の終着駅らしい。結構大きな駅だった。ホームも何本かあり、多くの人でにぎわっていた。時間は午後6時になるところだった。

 と、その時駅の構内放送で音楽が流れ出した。音楽が流れた途端にさっきまで普通ににぎわっていた人達が急にその場にストップしてしまった。たとえで言うなら時が止まるボタンを押したかのような感じだった。急にピタリとその場で止まったのである。誰も一言もしゃべらない。さすがに僕らは笑ってしまった。「何!?どうしたん!?」4人はあたりを見回しながら目が点になっていた。やがて音楽が終わった。するとまた駅構内にいた人達は一斉に何事もなかったかのように動き出した。「き、気持ち悪っ。」僕はついこんな言葉を発していた。あとからわかったことなのだが毎日朝と夕方の決まった時間にタイの国家が流れるらしい。国家が流れている間はその場で最後まで黙って聞かなければならないらしい。正直、独裁国家か?と思ってしまった。みんな洗脳されてしまってるのかと思った。

 僕はトイレに行きたくなったので構内のトイレを見つけて普通に入ろうとした。と、トイレの入り口脇に小さなカウンターがあり、おばさんが右手をこちらに向けて差し出していた。「え?何?あ、お金!?」 そう、この国はトイレに入るのにもお金がいるのである。日本であたりまえのように公衆トイレをただで利用していた身としては意外なほど意外であった。ここで少しのカルチャーショックを覚えた。駅のトイレなんて公共の施設とちゃうんか?と疑問を抱きつつ渋々2バーツ(当時で日本円にして約7円)を支払って中に入った。その後、女性陣とは駅で別れた。こんなところで意気投合してしまったら僕らの旅の計画に狂いが生じるからだ。彼女達は2人とも初海外だったみたいで右も左もわからず、ほっといて大丈夫だろうか?と不安もあったが仕方なかった。

 僕らはとにかく今日泊まる宿を探しに出た。明日は早速にもネパールへ向かわなければならず、なるべく駅に近い宿を探した。安宿を探してすぐに2人で400バーツの宿を発見した。とりあえずこれで宿は確保できた。部屋はベッドが2つにクーラー、シャワーとトイレがあるだけだった。冷蔵庫もなかった。僕らは飛行機内でゲットしたなまぬるい缶ビールで乾杯した。少し安堵した。あとは、両手で抱えてるこのみすぼらしい紙袋を卒業したく、市内でバックパックを買いに行くというミッションが残っていた。

 荷物を部屋に置いて、すぐさま市内行きのバスに乗り、バックパックを売っているお店を探した。30分くらいウロウロしてやっとショッピングモールの中でカバン専門店を見つけた。僕は色と大きさを考慮して、友人に交渉してもらって日本円にして約1500円でバックパックをゲットすることができた。このバックパック代はビザカードで購入した。

 市内もタイ独特のくすんだ匂いが充満していた。僕らはまたバスに乗って宿へ戻った。宿の下の屋台でビール瓶1本と焼きめし、焼きそば、野菜炒めを食べた。初めてタイ料理を食べたが辛い辛い!しかも夜も暑い。僕らは汗をだらだら流しながらたいらげた。味は辛かったがとても美味しかった。その後、駅構内でアイスを買って宿に帰って爆睡した。ちなみに日中の気温は35度だった。そりゃ暑いわ・・
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# by heartfield | 2005-06-30 19:14 | バックパッカーの旅日記(1)
 飛行機の席の位置は通路側に私、その左となりが友人、窓側がタイの女性だった。その女性は若くて京都大学に通っているそうだ。どうりで日本語もペラペラだ。友人とタイの女性が意気投合したかのようにずっと会話していた。僕はなかなか間に入れず、仕方なく家から持ってきた「地球の歩き方」や推理小説なんかをパラパラと読んだ。すると通路後ろ側から客室乗務員がドリンクのサービスでやってきた。

(お、おぉ遂に英語でしゃべらなければならないのか!?)

 僕は少し動揺しだした。友人の方を見ると相変わらず女性と話している。そうこうしてるうちに遂にドリンクカーがやってきた。客室乗務員がなにやら英語で質問してきた。

(はは~ん、何を飲みたいのか聞いてるんだな?そうだな・・)

と、その時友人が「セブナッ」と言い出した。

「セ、セブナッ?何それ?」

「セブンアップ。お前は?」

 正直、セブンアップと言われても何のことかわからなかった。そんな飲み物あるのか?僕は少し興味があったので「じゃ、同じで」といった。

「ヘムトゥー」友人は客室乗務員にそう言った。

 僕は友人を尊敬してしまった。韓国語まで使えるのかと。

 やがて友人と僕のところへそのセブンアップという飲み物が運ばれてきた。

(あぁ~、これかぁ。飲んだことあるある。「7up」のことか。)

 それに、ヘムトゥーも頭の中でよく考えたら「him too」って言ってたのか!と少し遅れてわかった。なるほど、こりゃ英語全然ダメだな。とても情けなかった。
 それからしばらくしてまたドリンクカーが客室乗務員とともにやってきた。
 今度は友人がビールを2本頼んだ。客室乗務員は笑顔で缶ビールを開けてコップに注ごうとした。とその時、友人が「待って。開けなくていいよ。そのままちょうだい。」と英語で言った。
 友人は缶ビールを開けずに「これはタイへ着いてから夜飲もう。」と言ってきた。

(あぁ、なるほど、少しでもビール代をケチろうとしたのか。さすがは旅慣れてるなぁ。)

 その後は普通にビールを頼んでコップに注いでもらった。僕らはほろ酔いになっていい気分になっていた。やがて飛行機の高度が下がっていき風景が雲の下になるとようやくタイランドが見えだした!おぉ、初の異国だ!僕はドキドキしだした。そしてタイ時刻の15:40PMぐらいに無事着陸!何か気のせいか熱気が機内まで入りこんでいるのか少し暑かった。
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# by heartfield | 2005-06-21 18:42 | バックパッカーの旅日記(1)

景気について

 今日は世の中の景気について話したいと思います。一口に「景気」って何?と言われればみなさんはどう答えますか?「景気がよい」とか「景気が悪い」とかってどういうことか説明できますか?
 答えは簡単です。「景気」とは「お金まわり」のことなんですね。つまり、「景気がよい」とは世の中のお金まわりがよくなってるということです。逆に「景気が悪い」とはお金まわりが悪いということなんです。景気が悪いとみなさんあまり贅沢しなくなるでしょう?貯金にまわしたりするでしょう?みんながみんなそう考えるとお金の循環は悪くなりますよね?みなさんがお金をしまいこむ傾向になると世の会社はモノが売れなくなってそれこそ経費削減を実施していきます。経費にはもちろん人件費も入ります。つまりはリストラも行われてくるのです。一方、今の値段で売れなければもっと安く売ろうと会社は考えます。このモノやサービスの物価が持続的に下落する傾向をデフレ(デフレーション)と言って、このデフレは戦後では今回が初めてなのです。ですから今の経済はデフレなんですが、これを脱却する手段、方法が見出せないんですね。政治家が集まってもデフレ脱却は難しいんでしょう。
話が長くなりそうなので今日はこのへんで。。
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# by heartfield | 2005-06-18 17:57

プロフィール

名前・・taku
年齢・・1975年1月25日生まれ
趣味・・旅、読書、音楽鑑賞、映画鑑賞、スノボetc・・
特技・・水泳
保有資格・・・税理士、行政書士、ファイナンシャルプランナー、住宅ローンアドバイザー、普通自動車免許、大型自動車免許、小型移動式クレーン、玉掛け、フォークリフト、 車両系建設機械、立木伐採、チェンソー資格 
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# by heartfield | 2005-06-15 21:53 | 自己紹介

関西空港でどうでしょう


2001.2.25  1日目 関西空港出発

 今日はいよいよ初海外旅行の日だ!AM6:00起床、7:15に家を出た。新大阪駅で友人と待ち合わせ、関西空港行きの電車に乗って空港を目指した。友人は旅慣れてるため肩から大きめのバックパックを背負っており、いかにもないでたちである。それに比べ僕は小さなリュックサックに両手に少々大きめの紙袋を握っての格好である。外見は、そう、まさにオタクファッションである。なぜ、紙袋だったかと言うとつまる話、バックパックを所有してなかったからである。これから旅する者がバックパックを持ってないとはなんとも情けない話である。しかし、これにはワケがあった。日本でバックパックを買うよりタイという物価の安い国で買った方が何倍も得だという考えがあったからである。そう、タイで購入してそこで荷物を積み替えるという作戦に出たのである。でもこんな格好でタイまで行くのは何とも恥ずかしい。。

 出発時刻はAM11:10にも関わらず、我々は少々早めに関西空港に到着した。空港内で保険加入の手続き、朝食等を済ませ、準備万全の状態で身体検査?というのか、ブーブーゲートを通ってパスポートチェックの階へ降りた。
 と、ところが、すでに行列が!しかも長い!ヤバイ、これでは出発時間に間に合わない。関空社員の人が大声で「11:10発のバンコク行きのお客様はいらっしゃいませんかー!」と言っている。すかさず、声をかけた。すると、僕らを行列の先頭の方へ案内してくれた。この人のおかげで何とか時間短縮できたと思ったが、それでも離陸時間まであと10分を切っていた。

 恥ずかしながら関西空港から飛行機に乗るのは初めてだったのでパスポート検査のあとにモノレールに乗らなければならないなんて夢にも思わなかった。モノレールを見たときについ、「ありえへんっ」という言葉を発していた。もうここにも人がたくさんいる!ヤバイ!
飛行機に乗れなかったらそれこそ大恥じゃないか。これは意地でも間に合わせてやると思い、いきおいで人の群れを押し切ってモノレールに乗り込んだ。そのおかげでなんとか2、3分前に飛行機に乗ることができた。いきなり、つらい思いをした。結局飛行機は予定時間より多少遅れて離陸した。「なんだよ。。」
 僕らが乗ったのは大韓航空の飛行機だった。生まれて初めての海外行きの飛行機に乗ったことで少々興奮していた。客室乗務員も韓国人がほとんどだ。でももう一ヶ月は引き戻れないんだと思うと少々怖気づいたが、気合を入れて気持ちを入れ替えた。
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# by heartfield | 2005-06-13 19:10 | バックパッカーの旅日記(1)