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<   2005年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

2001.03.04 旅8日目

 今日は6:00AMに起床。昨日から今日にかけては熟睡できなかった。というのも、今回は初のドミトリーだったので、精神的に落ち着かなかったのだろう。イマイチ疲れがとれていない感じがする。
 僕らは、7:40AMすぎにチェックアウトし、ネパールイミグレーションへ向かった。途中、道路脇で小さなガラスケースに何個かのパンが入っているのを発見した。どうやら、路上でパンを売ってるようだった。しかし、ガラスの中をよく見ると、パンに大粒のゴマがたくさんついていた。それが何と宙を飛び出した!
「ハ、ハエや!」
 小さなガラスケースの中をハエが何匹も飛び交っていた。僕らはこれらのハエのことを「フライング・ゴマ」と勝手に名づけて笑った。
 ネパールイミグレーションで、出国手続をし、いよいよ国境を越える瞬間がやってきた!一歩一歩、慎重に前へ進んだ。そしてネパール国境ゲートを越えた。
「よっしゃ!インド入国~!」
 僕らはほぼハミングしていた。そして早速、入国手続きをしなければならないので近くにあるインドイミグレーションで入国手続きを済ませた。バス乗り場もすぐにわかった。チケットを買って、多少時間があったので近くのお店で朝食を食べた。朝食は、目玉焼きをつぶしたような玉子を食パンにのせたものとチャイを注文した。味はそれなりだった。もう、インドの食には期待しないことにした。
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 8:30AMに「バラナシ」行きの直行バスは出発した。またもや、バス内はネパールやインド人だらけだった。当たり前か・・道は相変わらずデコボコ道が続いた。今日の方がどうやらデコボコ度が高い。舗装されていない道路に穴がボコボコあいている。そこにタイヤが入ると低い天井に頭を打ちそうになるくらいバウンドする。一瞬、体が宙に浮くのである。家から持ってきた小説を読もうと思ったけど、これじゃ全く読めない。
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 車窓から見える風景ははじめの方は田畑が多かったが、バラナシ付近になってくるとゴチャゴチャした街になってきた。
(こりゃ、ネパールとあんまり変わらんな。)
 辺りはすっかり夜になっている。車の量も増えてきた。バスとバスがすれ違う時なんか、ほんとスレスレなのでヒヤヒヤものだった。ようやく、「バラナシ駅」付近でバスが止まってみんなが降りだしたので、ここが終着地だとわかった。時間は20:30PM前だった。実に12時間乗車していた。そりゃ、しんどいわ。バスを降りようと思ったら外にはものすごい人が・・。彼らは僕らに声を掛けてきた。
(うわっ、早速客引きかよ。もう、勘弁してよ~。)
 結局、そのうちの1人と交渉して、オートリクシャーで安宿を周ってくれることになった。まず、最初の宿は少し高かったのでパスした。次に向かったのは結構安い宿だった。オートリクシャーの運転手と僕ら3人で、その安宿のカウンターへ行って部屋が空いてるかどうか尋ねた。すると、今日は満室で無理だった。すると、運転手が受付の人と交渉しだした。僕らは何を話してるのかわからなかったので、その間じっと待っていた。すると、運転手が僕らにこう言った。
「今日はこの宿はすでに満室で泊まれないけど、明日からなら空いてるって。明日から何日かここで泊まってくれると約束してくれるなら、今日は近くで税金のかからない安宿を紹介してやるってオーナーが言ってるぞ。」と。
 う~ん、困った。マジ困った。なぜなら、僕らは明日の晩にはバラナシを出発してタージマハールで有名な「アーグラー」へ向かう予定にしていたからだ。つまり、紹介してくれたところで一泊しかできないのである。近くで税金のかからない安宿はすごく魅力的だ。教えてほしい。けど、ここには泊まれない。どうしよう、困った。
 友人はこの件についてある策を考えついていた。友人は意外にも運転手の問いかけに「OK」の返事をした。すると受付の人がこう言った。
「じゃあ、前金をいくらかお願いします。それとサインもしてください。」
(前金~!?おいおい、ここで泊まるつもりないのに前金なんか払えないぞ。)
 友人はこう切りかえした。
「前金払いたいけど、さっきネパールから来たばっかりでほとんど両替してないから払えない。でも明日必ずここへ支払いにくるから。」
 ホテル側はすんなりOKしてくれて、近くで税金のかからない安宿を紹介してくれた。名は「ゴータムホテル」といった。早速、チェク・インして部屋へ入ろうと思ったら、さっきの運転手がこう言った。
「明日、さっきのホテルの所へ泊まりに行けよ。俺がつれていくから。それと、ガンジス河行くのか?俺がいろいろ案内してやるよ。何時にここへ迎えにこようか?」
友人はすかさず、こう答えた。
「えっと、明日は12:00PMに来てくれ。両替所とガンガー(ガンジス河)へ連れていってくれ。」
 運転手は「OK」と言ってオートリクシャーに乗って去った。僕らは部屋へ行って友人に何を考えてるのか聞いた。すると、とんでもないことを友人は考えていたのである。つまりはこうだ。

 明日の朝にチェック・アウトし、バラナシ駅で「アーグラー」行きの寝台列車を予約して自分らでガンジス河まで行って夕方、バラナシ駅から寝台列車に乗り込むということを目論んでいた。当ホテルを紹介してくれたホテルへはもちろん泊まらないし、そのホテルとつるんでいるさっきの運転手の約束も破るのである。明日、運転手に捕まれば最初のホテルへ連れていかれて前金を支払わされる。だから、明日あの運転手に会ったらマズい。当ホテルのチェック・アウトは12:00PMだった。あの運転手が12:00PMに迎えにきた時にはすでに僕らはここにはいないのである。友人のとっさの機転に驚いたが、僕は万事うまくいくのか少し不安だった。

 

 
 
by heartfield | 2005-07-31 09:55 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.03.03 旅7日目

 今日は、5:30AMに起床。トイレに行って身支度をして、6:10AMにホテルをチェックアウトした。5泊もしたので、もうこれでお別れかと思うと少し寂しくなった。僕らは近くのマーケットまで歩いて行き、オートリクシャー(3人乗りバイク)に声を掛けて乗った。行き先は、「ニューバスパーク」だ。ここで簡単にこれからのルートを示しておく。
 まず、カトマンズの「ニューバスパーク」から直行バスに乗ってインドとネパールの国境手前の「スノウリ」という所まで行く。そして「スノウリ」で一泊して翌日、国境を歩いて渡り、インド側からガンジス河で有名な「バラナシ」という所まで直行バスで行くのである。
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 僕らは「ニューバスパーク」に到着し、急いでバスチケットを窓口で購入した。早朝なのにバスと人が多かった。どれに乗ったらいいのか少し迷ったが、近くにいたネパール人が親切に教えてくれた。早速乗ってみたが、天井が結構低かった。しかも椅子の座り心地があまりよくない。
 バスは6:30AMに出発した。車内はさすがにネパール人だけだった。2人とも荷物が多いので置き場に困った。日本なら荷物入れ専用のスペースがあるのだが、ここは違った。全部車内持込だった。僕らは仕方なく通路に置いた。しかし、途中、何回か停留所に止まるので、その度に人の出入りが激しかった。みんながみんな荷物を通路に置いてるので降りる人も乗ってくる人も何回も荷物をまたいでいたのが面白かった。
 道は舗装されていないためデコボコ道が続いた。険しい山道を越えるため、ガードレールもない狭い坂道を結構なスピードで駆け抜けていく。途中何回もガケから落ちると思った。少し大袈裟かもしれないが、何回か死を覚悟した。
 途中、トイレ休憩が2回ほどあった。2回目の休憩場所はご飯も食べれる所だった。といっても軽食だが。ちょうどお昼どきだったため、友人が「ナン」を注文した。衛生は全く気にしていないようで、ハエがいっぱい飛び交っていた。僕はその光景を見てしまったため、ここで食べるのをやめた。
「おい、お前も何か食べといたほうがええで。」
「いや、こんなにハエがおったら食欲なくすわ。」
「そんなん気にしてたらアカンで。そんなんやったらインドでやっていかれへんで。」
「いやいや、インドにもちゃんとしたレストランはあるでしょう?」
「ないで。」
「あるわ!」
「いや、ない!」
 僕と友人で少し口論になってしまった。友人はカトマンズで風邪による体調不良から回復したため、抵抗力がついたと思っているのか強気になっていた。僕は事前に「地球の歩き方 インド」を読んでそれなりに研究していたため、油断はしなかった。友人が食べたナンにもハエは止まったりしていた。僕はここでは断固として食事しなかった。
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 結局、スノウリには14:30PMに到着した。8時間もかかった。とりあえず、昼食を食べてなかったので「スノウリG.H」という宿でチェック・インし、そのレストランでチーズナンと名前は忘れたが、ジャガイモ、グリーンピースのカレーみたいな食べ物を食べた。味は旨いとは言えなかった。まだここはネパールだが、ここで初めてインド料理を食べた。ご飯を食べてから部屋へ戻った。今回は初めて「ドミトリー」(大人数部屋)で泊まることにした。部屋には僕ら以外誰もいなかった。ベッドは6つあった。僕らは洗濯をして、両替所でネパールルピーからインドルピーに替えた。もうネパールルピーはほぼ用済みだ。
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 部屋でくつろいで、晩にまた同じレストランでターリーという食べ物を食べた。ターリーはネパールのダルバートみたいな食べ物で、味は激マズだった。夜になると多くのバックパッカーがやってきた。彼らはインドからネパールへ入国してきたのである。このドミトリー部屋もすぐに満杯になった。オーナーの気遣いからか、全員、日本人だった。一人はインドで食あたりになって今現在も体調が万全ではなかった。みんな日焼けして髭も伸びていた。インドがすさまじい所だと思った。彼らと色々な情報交換をし合った。
 明日はほんとにインドなのかと思うと本当にドキドキした。怖えぇ!僕は疲れたので耳栓をして先に爆睡した。
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国境手前(ネパール側)にて(左が私)
by heartfield | 2005-07-27 19:28 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.03.02 旅6日目

 今日は7:30AMすぎに起床した。昨日買ったパンを2つ食べながら、「地球の歩き方 インド」を読んで軽くインドについて予習した。いよいよ明日にはインドに向けて出発するからだ。友人の体調も良くなってきていた。お昼前に2人供、シャワーを浴びて12:00PMすぎに昨日行った中華料理屋へ再び向かった。昼食は「チキン焼飯」(60ルピー)を食べた。パサパサしていたが、それなりに美味しかった。
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 その後、少し街をぶらついてからホテルへ戻った。再度、「地球の歩き方 インド」を見て、インド研究した。昼寝も1時間ぐらいした。気がつけば18:00PMを回っていた。18:30PMすぎに、僕らはまたまた中華料理屋へ向かった。今日はネパール最後の夜ということで、豪華ディナーにした。メニューはビール1本と白めし2皿、おかず3品だった。合計425ルピー使った。でも満足した。その後は近くのマーケットでミネラル・ウォーターを買って帰った。そして、身支度を済ませて寝た。
 さあ、いよいよ明日はネパールとインドの国境まで行くのだ!国境を歩いて渡れると思うとさすがに興奮した。ツアーでは絶対できないことだからだ。でも少し日本が恋しくなった・・・




                 ***ネパールギャラリー***
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 部屋で「地球の歩き方 インド」を見ている私。手前に見える緑のロープは洗濯ひもである。部屋内にある洗面台でT-シャツやパンツを洗濯して(蛇口から出る水は茶色に濁っていた)乾かしていた。ここではカーテンレールとドアノブにひもを結んでいる。

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5日間お世話になったホテル玄関前より。ズボンはネパールで購入したもの。写真を撮ったのは朝だったため結構寒かった。

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ダルバール広場でサドゥーの芸を見入るネパール人達。
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タメル地区より。狭い路地をバイクや、オートリクシャー(3人乗りバイク)などがクラクションをバンバン鳴らしながら走り抜けていく。
by heartfield | 2005-07-25 20:40 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.03.01 旅5日目

 今日は6:00AMに起床した。洗面台の蛇口をひねるとお湯が出た!朝方はどうやらお湯が出やすいようである。早速、裸になって温水シャワーを浴びた。久々に温かいお湯を浴びたので生き返るようだった。それから身支度をして再び30分寝た。10:00AMすぎにご飯を食べに外出した。
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 友人は昨日から風邪を引き出したので体調が良くない。下痢も続いていた。友人の体調回復のために今日は日本食を食べることにした。あらかじめ「地球の歩き方」で調べておいた「味シル」(味のシルクロードの略)という店を探した。その店は案外にすぐ見つかった。中に入ると全く人がいない・・お昼にしては少し時間が早かったせいもあるが、お店が今日やってるのかどうか不安になった。しかし、すぐに店員が来て案内してくれたので安心した。
 僕らはテーブルに座って早速メニューを見た。やはり日本食店だ。すべて日本語で記してあった。正直、ネパール料理に少しうんざりしていたので、ここで日本食が食べれると思うととても嬉しい気分だった。結局、僕はチキンカツ丼、友人はカツ丼を注文した。しばらくして運ばれてきたそれは少し変わった丼ぶりだった。なんとたまねぎが紫なのである。色合いが変で少し食欲が減退したが、実際に食べてみると日本とさほど変わらない味だった。丼ぶりを1つ頼んだだけなのに、味噌汁、ほうれん草のごまあえ、酢の物、大根おろし、デザート(プリン)がついてきた。これで140ルピーだった。安い安い。昼食を食べ終わると急に軽いホームシックにかかった。
(もうネパールはいいわ。早く日本に帰りてぇ~。)
 しかし、日本行きのチケットの日付はあと3週間後だ。僕らは格安航空券を買ったのでどうしても日付の変更は効かないのである。
 肩をがっくりさせながらも気持ちで負けてはならまいと思い、気合を入れなおした。僕らは「ニューロード」という場所まで昨日フィルムを頼んでいたので取りに行った。写真は上出来だった。それから、昨日と同じパン屋でパンを4つ買ってホテルへ戻った。
 一時間休憩してからまた外出した。今日の大きな目的は「ボダナート」というネパール最大のストゥーパ(仏塔)へ行くことだった。タメル地区からは結構離れているので徒歩ではかなりきびしい。僕らは「オールドバスパーク」というバスターミナルまで歩いて行った。そして難なく「ボダナート」行きのバスに乗車した。しかし、これからが悲劇の始まりだった。
 このバスは「ボダナート」への直通ではなく、各停留所へ止まりながら進むのである。最初の時点で結構人は乗車していたのだが、各停留所へ着くたびに大勢の人が乗車してくる。バスから降りる人は少なく、乗車してくる人が圧倒的に多い。日本で言う満員電車並みになってきた。しかし、ここからが日本と違う。このバスは乗車率のことなど全く考えていない。はっきり言ってもう身動きが出来ないくらい、人と人の隙間がないくらいのギュウギュウ詰め状態にも関わらず、どんどん人が乗車してくる。叫びたくなった。人が人を圧縮してる感じだった。
(く、苦しい・・いいかげんにしろよなぁ!まだ着かへんのか!?)
 もう僕は限界に近かった。友人と何とか話すことができたので絶対、次の停留所で降りようということになった。次の停留所へ着くや否や、ありったけの力をふりしぼってバスから何とか脱出した。場所的には「ボダナート」の近くまでは来ているはずだが、ここがどこだかわからない。人影も少ない。僕らは仕方なく田舎道を歩き出した。タメル地区が都会だとしたら、この辺はまさに田舎だった。近くにいるネパール人にボダナートがどこにあるのか英語で訊いてみるが、英語がほとんど通じなかった。それでも「地球の歩き方」に載っているボダナートの写真を見せながら何とかコミュニケーションをとって、ボダナートの方向へ着実に進んでいった。
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 僕らはまず、ボダナート方面の途中にあった「パシュパティナート」と言われる火葬場もあるネパール最大のヒンドゥー寺院へ行った。しかし、中へはヒンズー教オンリーだったため入ることが出来なかった。仕方なく引き返し、近くの売店でドーナツを買って食べながらボダナートを目指した。
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 ボダナートへ到着した頃には17:00PMを回っていた。しかし、中はライトアップされており、入り口付近で大勢のお坊さんがお経を読んだり、祈ったりしてて、何かよくわからないがその光景に感動してしまった。
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 僕らはすっかりこの光景にやられていた。空を見上げると星が点々と見えていた。日本で見る星と同じだった。ここからでも星は見えるんだ。当たり前のことだが、僕らはここへ来てやっと気づいた。世界はつながってるんだって。涙がこぼれそうになった。と、そこへバクシーシといわれる小さな女の子が僕の方へやってきた。足は裸足で、髪の毛は何日も洗ってない感じだった。彼女は右手を差し出していた。僕はネパールへ来てはじめて、この子にお金をあげた。女の子は「サンキュー」と言って、ニコっと笑ってどこかへ消えていった。
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 僕らはしばらく大勢のお坊さんがお経を唱えている様子を見て感動に浸りながらここを後にした。外へ出るとタメル地区行きのミニバスが止まっていた。僕らは運転手にお願いして乗せてもらった。バスは無事に「オールドバスパーク」へ到着した。
 夕食は中華料理屋でチャーハンと春巻きを食べた。今日はさすがに足が疲れた。ホテルへ戻るや、僕らは爆睡した。



 
by heartfield | 2005-07-21 19:11 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.2.28 旅4日目

 今日は6:30AMすぎに起床した。7:00AMすぎに外出し、街角でチャイを作ってるおじさんを発見した。おじさんの周りにはすでに何人かが各々チャイを片手に談笑していた。相変わらず朝は寒かったので、おじさんにチャイを作ってもらった。冷えた体に心暖まるチャイは最高に美味しかった。すごく甘いので疲れた体に回復をもたらせてくれた。それはまるでDBの聖水みたいな感じだった。
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 次に向かったのはちょっと洋風チックな喫茶店だった。朝食を食べるためだ。中に入るとさすがに西洋人が何人かいた。僕らはツナサンドと再びチャイを頼んだ。そこで、友人といつインドへ旅立つかについて30分くらい話し合った。結局、しあさっての3月3日に決行ということになった。
 喫茶店を出て、友人はズボンを買ったり、両替をしたりした。僕は近くのマーケットで、お茶とお土産用の紅茶パックを2個買った。そして、再び「モモ」を食べに例のお店へ行った。お店を出て街中を歩いていたら、さっきからおばあさんがうろうろしているのに目が止まった。向こうもこちらに気づいたのか歩み寄ってきた。
「あんたら、これとお金と交換してくれないかね。」
「え??」
 おばあさんが差し出したモノとは日本の100円硬貨だった。たぶん、どこかでたまたま拾ったのだろう。このおばあさん、身なりからしてかなりお金に困っている様子だった。しかし、僕らはおばあさんの申し出を断った。なぜならネパールにおいて日本の100円硬貨なんて何の価値もないからだ。100円玉を両替所へ持っていったところでネパールルピーに交換なんてしてくれるわけがない。あくまで札しか通用しないのである。
「ごめん、おばあさん。僕らお金持ってないんだ。」
 おばあさんは、少しうなだれたが、僕らは心を鬼にした。おばあさんだけじゃない。ネパールはほんとによく声をかけてくる。ほとんど商売がらみで声をかけてくる。あとは、バクシーシと言われる「物乞い」が声をかけてくる。もう僕らはうんざりしていた。だから、おばあさんには悪いがきっぱりと断った。
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 僕らはその場から逃げるようにして歩き出した。今度はパン売りの少年が声をかけてきた。頭にパンの入った大きなカゴを乗せて僕らに「パン美味しいよ。買わない?」と言ってきた。僕らは、ちょうど色々と考え事をしていたので1個だけ買った。値段は少年の言い値の25ルピーだった。
 そして、フィルム現像を昨日頼んでいたので取りに行ったら「一時間後にもう一回来てくれ」とうことなので、仕方なく街をブラブラして暇を潰した。一時間後に再び行ってみると更に一時間後になると言ったので、明日に再び行くことにした。
 そして、パン屋に寄りクリーム入りドーナツを1つ8ルピーで買った。ショーウィンドーにはいろんなパンが陳列されていた。どれもこれも安い・・これでやっとパンの相場がわかった。さっきの少年から買ったパンの値段・・25ルピー・・高すぎる。ぼったくられた。初めてやられた。

 2人とも気分悪いままホテルへ戻った。一時間昼寝をして、近くでも現像を頼んでいたので取りに行った。よくできていた。そして再びホテルへ戻ると、友人が風邪でダウンしていた。僕らは夕方まで身体を休めた。
 夕方になり、2人で外出し、初日に行った「トリベニ」へ行った。ダルバードを頼んだが今回はさすがに匂いにやられたのか食欲がなくなっていた。無理やり胃に押し込んだ形になった。
 ふと、うしろのテーブルを見ると日本人男子学生が2人いた。2人とも一人でネパールへやってきたらしい。どうやら街で意気投合してここへやってきたみたいだった。一人は東京から、もう一人は大阪からやって来たみたいだった。話してるうちに仲良くなり、四人で近くの飲み屋へ行き、ビールを6本空けて楽しく色々と語った。
 腕時計に目をやると、22:00PMだった。4人で外へ出た。一人の学生(関西超有名私大出身)が近くを歩いていたネパール人を捕まえて目の前にある寺院らしき建物を指さして「ワッツ、ワッツ?」と言い出した。僕はその片言な英語力でここまで一人でやってきたことに驚いた。
 その後、その学生とはすぐに別れた。もう一人の東京出身の学生は僕らのホテルまでついてきた。部屋でいろいろと話し、ホットメールのメアドを交換して彼はホテルを出て行った。
 僕らは酔いが廻っていたため、ベッドに横たわるとすぐに爆睡した。
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by heartfield | 2005-07-16 22:54 | バックパッカーの旅日記(1)

エンジェル・フォール

ベネズエラのギアナ高地という所に世界一の落差(979M)を誇る、「エンジェル・フォール」と言われる滝がある。この滝には滝壺が存在しない。なぜなら高すぎて水が下に落ちるまでに霧になってしまうからだ。死ぬまでに一度は訪れたい場所である。

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by heartfield | 2005-07-14 21:21
2001.2.27 旅3日目
 
 今日は6:00AMに起床した。朝は夜と同じで寒かった。部屋でボーっとしてから、8:00AMにホテルを出て市内を探索した。まず、僕らが向かったのは「中央郵便局」(GPO)だった。家族や友人にエアメールを送るためだ。窓口で切手を買って何通か送った。その後、タメル地区の写真を何枚か撮っていたら、カメラの表示に「E」マークが出ていた。僕らは電池が無くなったんだと思い、カメラ屋に向かった。カメラ屋で替えの電池があるのかどうか尋ねてみた。しかし、残念なことにその店には置いてなかった。せっかくカメラを持って来たのにこれ以上撮れないと思うと途方にくれてしまった。一種の絶望感を味わった。
 しかし、店主は電池のせいじゃないと言い出した。店主が言うには、「巻き戻しボタン」を誤って押したのではないかと。友人がカメラを触ってる時に「E」マークが出たので友人に聞いてみたら、自分が間違って押したかもしれないと言い出した。(おい、おい巻き戻しボタンなんてシャーペンで押さなければならないくらい小さなボタンだぞ。どうやって押したんだ!?)僕は少し不機嫌になったが、無事にカメラが元に戻ったので不機嫌が一気にふっとんだ。

 僕らはタメル地区をぶらぶらと歩いて朝食を食べるために、「サンデーサン」という喫茶店みたいな所に入った。そこで、小麦粉と玉子をミックスしたような食べ物を食べた。味は旨くも無く、不味くもなくといったところか。
 その後、僕はせっかくネパールに来たのだからネパールの有名な音楽CDを自分用のお土産に買いたくなった。街を歩いていると小さなCD屋を発見した。それにしても小さいお店だ。畳で言うと3畳くらいか。とにかく狭い。狭い店舗にCDやらカセットテープが陳列されていた。人のよさそうな髭をはやした店主に僕は聞いてみた。
「ネパールで有名なCDが欲しいのですが。」
「なるほど。これとかこれが有名ですよ。」
 店主はCDや、カセットをいくつか用意してくれた。僕は試聴してみたかったが、英語で何て言ったらいいのかわからなかったのと、単に試聴できなさそうな感じだったのでジャケットだけで判断して1つに絞った。
「このCDを買いたいです。まけてもらえないですか?」
「いくらまで?」
「いくらでもいいので。」
 ここから僕と店主のやり取りが始まった。結局、CD一枚500ルピーのところを400ルピーにまけてもらった。意外にこの駆け引きが楽しい。少し癖になりそうだ。

 その後、Tシャツを買って、「ダルバール広場」へ行った。ダルバールとは、ネパール語で「宮廷」を意味する。「シヴァ寺院」、「カスタマンダプ寺院」など寺院が多い広場だった。僕らは写真を撮りまくった。
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 続いて、ネパール最古の仏教寺院と言われる「スワヤンブナート」まで約30分かけて歩いて行った。長くて急な階段を登った所にそれはあった。目の前にはブッダの目が描かれたストゥーパ(仏塔)が建っていた。ブッダの目は、僕らの心を見透かしているかのような凄みを感じた。また、ここからの見晴らしは絶景だった。カトマンズが一望できたのと、ヒマラヤ山脈がうっすらと見えたのである。とてもキレイだった。そして、帰りは違う道を通ってタメルへ戻った。
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 ホテルへ戻る途中、昨日出会った日本人女性の旦那さん(ネパール人)に出くわした。少し話して別れた。ホテルに着いてから、シャワー(冷水)を浴びて、洗濯をして昼寝をした。
 朝起きてから夜まで全くの自由だった。腹が減るから食べる、見たいところがあるから見る、寝たいから寝る。時間なんてほとんど気にしなかった。これが真の自由なのかと思った。

 30分くらい昼寝をして、友人と再び外出して市内をぶらぶらと歩いた。昨日行った「モモ」専門店でモモを食べて、「ギリンチェ」という食堂で「ミックス・タントゥック」(とん汁に太麺を入れたような食べ物)をファンタオレンジとともに食べた。これも不味くもなく、旨くもなくといったところか。
 そしてバックパックの防水カバーを買ってホテルへ戻った。ホテルのロビーには、昨日出会った客引き(アーリーと言う名前だった)に再び会った。調子はどう?みたいな話を少しして握手して別れ、部屋へ戻った。そして友人とビールで乾杯して寝床に入った。やはり夜になると寒い・・明日はどうしようか、全くの未定だ。まぁ行き当たりばったりの旅もいいものである。
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by heartfield | 2005-07-14 21:04 | バックパッカーの旅日記(1)
 モモ専門店でネパール人達とモモを食べていたら、となりの若いネパール人が僕に英語で話しかけてきた。どこから来たのかとかカトマンズはどうだとか色々と聞いてきた。たどたどしい英語でなんとかコミュニケーションしてたら仲良くなってしまい、そのネパール人が経営している旅行会社に一緒に行ってみることになった。数ある廃墟同然のようなこじんまりとした建物の2階へと案内された。そこへ行くとなんと日本人女性がいた。親切にもチャイ(甘いミルクティーみたいな飲み物)をご馳走してくれた。僕らはそれを飲みながらネパールについての色々な情報を聞くことができた。ネパール人からその会社の名刺をもらった。ここに長居するのもどうかと思い、僕らは彼らにお礼を言って別れた。

 その後、僕らはセーターを買ったりズボンを買ったりした。とくにズボンに関してはすぐに購入したわけではなく、いろんな店をまわって勇気をふりしぼって値切ってみた。ネパールはぼったくりが常識だからこちらも負けじと強気にでたのである。試着もできるみたいだったので試着してみようと思ったけど試着室がない・・もともと店舗自体がものすごく狭かったので、2人の店員の前で僕はズボンを仕方なく脱いで新しいズボンをはいてみようとしたら、ネパール人がびっくりしだした。笑いながら驚いていたようだ。僕は「No Problem!This is Japanese Style.」と言った。店員達は笑いながらOKしてくれた。少し恥ずかしかったが着替える場所がないからしょうがない。

 店を出て、次はマスクを買いにいった。なぜなら道路が舗装されていないためである。狭い道を頻繁に車やバイクなどが行き来するため、ものすごい量の土ぼこりが宙を舞うのである。こんな所に長くいたら肺をやられてしまうと思ったのである。その後、2人ともマスクをしながら街中を歩き、そろそろ夕方になってきたので夕食をどこかで食べようということになった。僕らはネパールについたら絶対に「ダルバート」を食べようと決めていた。
 ダルバートとはご飯、野菜のカレー、豆のスープ、漬物がセットになったネパール人の日常食である。「地球の歩き方」に載っていた「トリベニ」というお店が安くて有名だということでトリベニを探す事にした。案外すぐにトリベニは発見できた。外見はなんとも廃れた人気のなさそうな店構えだった。店内に入ると数人のネパール人がいた。彼らはダルバートを素手ですくって口に運んでいた。
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(なるほど。素手か。ネパールもインドと同じでスプーンを使わないんやな。)
 僕らはテーブルに座り、ダルバートを頼んだ。数分でそれはやってきた。見た目はお腹がすいていたのかちょっと美味しそうだった。外国人用にちゃんとスプーンもついていた。素手で食べようと覚悟していたがスプーンがあったのでスプーンで食べてみた。
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「おぉ、まぁまぁ美味しい。これならネパールでもやっていけるなぁ」

 ご飯やおかずをバクバク食べていたら店員の人がおかずを足してきた。ご飯もいるのか?と聞いてきたのでお願いした。どうやらおかわり自由らしい。遠慮せずお腹いっぱいになるまで食べた。食べ終わってレジへ行くと予想していた金額より高い請求額だった。このお店は一食20ルピー(日本円で約30円)で食べれるはずだったが・・僕らは不思議に思い、レジの店員に聞いてみた。すると・・

「two have」

 こう言ったのである。僕らは一瞬意味がわからなかったが、すぐに理解できた。つまりおかずはおかわり自由だったがご飯はおかわりすると追加料金をとられるのである。しかたなく追加分込みで支払った。それから店を出て、小さなマーケットでミネラル・ウォーターと洗濯粉を買って宿に戻った。宿は玄関を入ると正面にカウンターがあり、その手前脇に小さなロビーがあった。ルームキーをもらって部屋へ入った。ネパールは日中は暑いが夜は寒かった。あったかいお風呂にでも入りたい気分だったが安宿のため、シャワーしかない。しかもお湯がでない・・確かお湯はでると聞いていたが時間帯が悪いのか冷たい水しかでない・・
 僕らは仕方なくシャワーも浴びず、日本から持ってきた長袖トレーナーを着て布団にくるまって寝た。
 
 それにしてもこのネパールという国、僕の想像をはるかに超えていた。タイで軽いカルチャーショックを受けたけど、ネパールはその比ではない。すべてが驚きの連続だった。ネパールの次はインドに向かうのだが、いつネパールを出国するのかは全然決めていない。僕らはネパールという国に大いに興味を持ったので、しばらく滞在することにした。明日からが楽しみだ。
by heartfield | 2005-07-10 17:49 | バックパッカーの旅日記(1)
2001.02.26 旅2日目

 今日は6:00AMに起床した。疲れていたせいかすごく眠かったが今日は早速にも10:40AM発でネパールへ向かわなければならないので、眠い目をこじ開けてすぐに身支度をして6:30AMに宿を出た。ファランポーン駅で朝食を食べた。いろんな食べ物があって結構迷ったが結局、ライスの上にチキンがのってる食べ物を頼んだ。味はそれなりに美味しかった。そして2バーツ支払ってトイレに行ってタイ空港(ドンムァン空港)行きの汽車に乗った。汽車から見える風景は相変わらずのんびりとしている。数人の子供が無邪気に遊んでいたのが印象的だった。

 8:00AMすぎにドンムァン空港に到着。早めにチェック・インし、免税店を見たりして時間を潰した。10:15AMくらいにバスで飛行機へ向かい、10:45AMに離陸した。いよいよネパールだ!到着地はネパールの首都「カトマンズ」だ。機内食は予想通り「タイ料理」だった。カトマンズまでの所要時間はもう忘れてしまったがそんなにかからなかったように思う。カトマンズ近くに飛行機が近づくとかの有名な「ヒマラヤ山脈」が見えた。雲海の上に山々が連なっているのが肉眼ではっきりと見えた。世界一高い「エベレスト」も見れた。その絶景には軽い感動を覚えた。さすがに乗客の数名は興奮ぎみだったのか立ち上がり各々の窓からシャッターを押しまくっていた。僕もつられて何枚かその風景をカメラにおさめた。

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 滑走路が見え、無事に到着した。意外に小さな空港だった。建物の中に入るとビザ所有者とビザを持ってない人とで並ぶ場所が違っていた。すでに両方とも行列ができていた。僕らは当然のことながらビザを持ってなかったのでビザ所有者ではない列に並んだ。つまりこの列はネパール入国のためのビザを買わなければならない列だった。しぶしぶ30ドルも支払って入国が許された。空港内で忘れずに両替をした。建物も小さいからすぐ外へ出れた。と、外を見た瞬間、すごい人の数がこちらに声をかけてきた!なにやら英語で僕ら2人に怒鳴るようなわめくような何を言っているのかわからなかったがすごい威圧を感じた。「こ、こわっ!」僕らはネパール人のかけ声に耳を傾けずに即座に無視して歩き出した。それに合わせて何十人ものネパール人が一緒について歩いてくる。(な、何!?何でついてくるん?)僕は怖かった。しかし彼らが何故僕らにしつこくついてくるのかようやくわかった。
 
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 彼らは客引きをしていたのである。「安いホテル紹介するよ!」みたいな感じである。僕らは事前に飛行機内でネパールやインド系はぼったくる人が多いので気をつけろというのを学習してたので「NO THANK YOU!」を連発した。その甲斐あってか、一人を除いて他の客引きは所定の位置へ戻りだした。その彼は友人にしつこく食い下がった。僕らは空港から少し離れたバス停まで歩いていったが彼もついてきて、結局一緒にバスに乗った。バスは装飾も派手でクラクションを鳴らしまくる。それはまるで日本の暴走族のような音色である。それにしても鳴らしすぎだ。このバスだけではない。他の車両はほとんどクラクションを鳴らしている。
 
 バスから見える風景も戦後のような荒れた風景だった。僕らはこのバスで市内の「タメル」地区を目指した。同乗したネパール人もいろいろと親切にもネパールについてガイドしている。
それなりに相槌をうちながら窓から見える風景を僕は楽しんだ。まさにハーレムだと思った。それだけひどい土地が続いていた。ようやく彼の指示でこのバスがタメル地区に着いたことを知らされる。3人で下車し、彼の案内で安いホテルを探してくれることになった。なぜ彼がそこまで親切にも僕らをホテル案内するのかと言うと、彼らは客とホテルの仲介者であり、各ホテルと提携を結んでるからである。だから客を一人でも多く自分が提携しているホテルに紹介するのである。ネパール人も生きていくのに必死だ。

 ようやく彼の案内で一泊一人2ドルの安宿に落ち着いた。そこで彼とは別れた。僕らは早速にもタメル地区をブラブラと探索した。途中、「モモ」という、バッファローの肉を使った小さな肉まん?みたいな食べ物を販売しているお店を発見した。僕らは10個10ルピー(1ルピー≒1.5円)でその「モモ」とやらを食べた。歯でそれを噛んだ瞬間、中から肉汁がこぼれだした。結構美味しい。初めてネパールの食べ物を食べたがそれなりに美味しかったので安心した。
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by heartfield | 2005-07-07 22:17 | バックパッカーの旅日記(1)